「ん・・・んっ・・・」
黒須から何度も激しい吐息が漏れる。
伊賀は『情熱』の波が高まり、その波に押し流されつつあった。
舌を何度も愛撫しながら、黒須の小さな耳たぶにぶら下がった
イヤリングを片手で外し、その手で自分の眼鏡を外した。
シンクの脇にイヤリングと眼鏡を乱雑に置くと
伊賀は今までの『冷静』な自分をも眼鏡と同時に脱ぎ捨てたように
情熱的に何度も黒須の舌を引き寄せ、自分の口腔内で愛し、
そしてそれを押し戻した。
「んんっ・・・んっふぁ・・んっ・」黒須の吐息は徐々に加速していた。
伊賀は乱れた黒須の髪を掻き上げながら、下唇を甘噛みし、
優しく舐めた。
伊賀は黒須の舌を解放し、そのまま頬をつたい、
イヤリングを外した耳に唇を押し当てた。
耳たぶから軟骨を唇で甘噛みすると
相変わらず吐息は激しく洩れる・・・
耳の内側を何度も舌で優しく撫でると、その水音は、黒須の頭の中を
満たし、何も考えられないようにしてしまう。
そっと舌で耳の裏側を撫で上げると
「んんぁっ・・・」恥ずかしがるような声を漏らし
膝をガクッと落としそうになっていた。
幾分解放された腕で、伊賀の腕を強く掴み、やっとの事で体制を
保っているだけだった。
一端耳から唇を外した伊賀を黒須は目で捕らえた。
今までは、恥ずかしさも手伝って伊賀は黒須と
目を合わせないように行為を続けていたのだ。
黒須の目は伊賀を捕らえて離さなかった。
いや、目を反らすことが出来なかったといった方が正しい。
いつもの毅然とした強い瞳はそこになく、ただ潤んで弱々しい
黒い瞳があった。
伊賀はそこで初めて今まで押し寄せていた『冷静』の波を
押しとどめることができた。
頭のどこかにかけられた重い枷が外されたのだ。
黒須の瞳には真剣な眼差しの伊賀が移っていた・・・
乱れた髪、外された眼鏡、情熱的な瞳、
形を崩した襟元のタイ、皺だらけになったシャツ・・・
黒須の視界に入るどれもが、初めて見る姿だった。
目を合わせた瞬間、自分の欲望を見抜かれた気がし、
その羞恥心が伊賀の脳裏にこびりついていた。
だがあの潤んだ黒い瞳は伊賀の網膜に焼き付き
そのとめどなく押し寄せる感情には羞恥心など適わなかった。
伊賀は再び目を反らし、黒須の耳元へ顔を埋める・・・
耳から首筋へ、緩やかなカーブに唇を這わせると
黒須の吐息は喘ぎにも代わり、厨房に反響した。
「んっ・・・あはぁん・・・あぁ・・んん・・っ」
日頃の黒須からは想像できないその弱々しく細い声と、その反響音は
平時の「ロワンディシー」とは全く異なった空間を作りだしていた。
「はぁ・・・んぁん・・ぁぁあ・・・」耳元へ届く息づかい、
耳に直接送り込まれる声、厨房の壁から返る音・・・
非日常的なその空間は逆に伊賀と黒須を勇気づけ、大胆にさせていた・・・
黒須のその滑らかな首筋に唇と舌を這わせ、そして鎖骨へたどり着くと
伊賀の手が黒須の片腕を解放し、宙を彷徨った。
その腕はどこへ行くべきかは分かっていた・・・
けれど、その決定打をまだ出せずに伊賀は躊躇していた。
中空を彷徨う伊賀の腕は行き場を失っていた。
辿り着く場所は分かっているのに・・・そこまでの道順がわからない・・・
黒須の鎖骨を甘く愛撫し続けながらも伊賀は迷っていた・・・
『いいのだろうか・・・本当に・・・』
躊躇いと、欲望の間を何度も往復した。
「ん・・・伊賀君・・・」耳元にかかる黒須の呼び声・・・
だが、顔を上げることが出来なかった。
鎖骨から首筋、耳元へと這う唇を押しつけまま静止した。
黒須の首筋は熱く、そこを流れる動脈は早鐘のように脈打っていた。
「・・・伊賀君・・・大丈夫よ・・・」そう言うと黒須は
道に迷った伊賀の腕を取り、自分の胸元に当てた。
黒須に導かれ、やっとの思いで辿り着いた柔らかな胸を
そっと優しく包み込んだ。
首筋から再び黒須の唇へ帰り、初めよりもずっと甘く柔らかいキスをした。
そしてそのまま黒須の耳元へ唇を押しつけ伊賀は口を開いた。
「・・・オーナー・・・僕は・・・あなたのことが—」
その声を今度は黒須の唇が制した。
「んっ・・・」
不意に虚をつかれた・・・
そして唇を離し、そのまま伊賀の耳元へ唇を寄せた。
「いいのよ・・・伊賀君・・・言わなくても・・・」
そう言い終えると黒須は伊賀の背中をギュッと抱きしめた。
伊賀は黒須に応えるように肩を強く抱き、
何度も舌先を首筋に這わせた。
「ん・・・はぁ・・・っんっ・・・」湿った吐息が耳にかかると、
愛おしいほどに優しく胸を揉みほぐす。
黒須が足をガクリと何度も落としそうなのに気づいた伊賀は
そのまま黒須を自分の元へ引き寄せ、後ろ手に扉を開き、
パントリーに雪崩れ込んだ。
その衝撃で、幾つかのカトラリーや、トーション、テーブルクロスが
床に激しい音を立てて落ちた。
伊賀はそのまま黒須のカーディガンに手をやり、
肩からずらし、片腕ずつ袖を引き抜いた。
口付けを交わしながら、キャミソール越しにゆっくりと
その細くしなやかな指で胸に触れると、忘れかけていた痛みが走った。
あれから気にもしていなかった左手の指先の鮮血に
黒須も気づき、伊賀の唇から離れ、口に含み始めた。
その柔らかな舌先が傷口を包み、吸い、絡め取る・・・
そのまま別の指先までも舌先で絡め取り、優しく優しく吸い続けた。
そんな健気な行為に愛おしさを感じ、指先を愛撫する黒須の乱れた髪に顔を
埋めてキスを繰り返した。
黒須は指先を解放し、伊賀の胸に顔を押し当て、力を込めて抱きついた。
伊賀は黒須の乱れた髪を指で梳いてやり、耳元に唇を押し当てながら、
キャミソールの下から指を滑り込ませた。
「あ・・・っ」黒須は恥ずかしそうにいったん体を離そうとしたが、
伊賀の腕は黒須の腰を強く抱き寄せた。
小振りなその胸の滑らかで柔らかな感触は、まるで絡まった糸をほぐすように
生真面目な性格をゆっくりと解きほぐしていた。
解放された伊賀の心は、行き場を求め、そして目の前の女性に向けられていた。
緩やかなその胸の膨らみと、舌先の熱さを感じながら、
二人は苦しくなるくらい抱きしめ合っていた。
キャミソールの中へ忍ばせた指でブラのホックを外し、
キャミソールごと肩ひもをゆっくりと外し、そのままゆるゆると
足下へ落としていった。
黒須はいつもと違って恥ずかしそうに両腕で肩から胸のあたりまでを
隠そうとしていた。
そう・・・羞恥心をあがいきれなかったのは伊賀だけではなかったのだ。
それを知った伊賀はカァッと顔を赤らめた。
自分のことばかり考えていた・・・そうだ、彼女だって女性だ・・・
恥ずかしくないはずはない・・・
顔を真っ赤にし、必死であらわになった胸元を隠そうとする黒須には
既に『オーナー』や『作家』の面影はなく、
ただの愛おしい女性でしかなかった。
そのまま黒須をキュッと抱きしめると、あたりに散らかった
テーブルクロスを掴み黒須の頭から優しくかぶせた。
テーブルクロス毎その白くあらわになった体を抱きしめ、
そっと黒須の目元に口付けをし、胸元を隠す腕をゆっくりと外した。
指を交差するように黒須の手を握りしめ、片手は胸元を優しく包んだ。
顔を真っ赤にしたままの黒須は恥ずかしさからなのか伊賀の唇を執拗に求め、
片手で、伊賀のタブリエのきつくしまった紐をたどたどしく解き始めていた。
黒須は目元、鼻、頬、額、耳、首筋、鎖骨、肩とあらゆる場所に
口付けを受け、鬱血した赤い痕跡を撒き散らされた。
それと同時に緊張でこわばった体をほぐすように白い双丘を包まれ、
甘く切ないほどの刺激を受けていた。
「んっ・・んくっ・・・っはぁんっ」白い双丘の芽は
伊賀の指先の動きに敏感に反応し堅くしこっていった。
伊賀のタブリエの紐はきつく締められていた。
伊賀に触れられている胸や、首筋や唇や・・・
体のあらゆる部分に神経が散乱してしまい、
なかなかタブリエを外すことが出来ない。
伊賀は繋いでいた手を放し、タブリエの紐を片手で解いていった。
黒須と伊賀の手で解かれた黒いタブリエがバサッと足下に落ちる。
白いテーブルクロスとトーション・・・銀色に光るシルバー
黒いタブリエが床にまき散らされ、それは芸術家の作品を思わせる
色彩のコントラストだった。
ゆっくりと黒須のあらわになった双丘を揉みほぐしながら、赤い痕跡を
残していく伊賀を、黒須は愛おしげに見ていた。
「あっ・・ぁん・・・」
腕を伸ばし、伊賀の髪をクシャクシャに掴み必死で崩れ落ちそうな
体を保っていた。
伊賀は小刻みに震える黒須の腰を抱き寄せ、膝裏から抱え込み
肩をテーブルクロス毎抱きながら床に寝かせた。
真っ赤になった黒須の顔はもう、伊賀の瞳を見つめられずにいた。
伊賀は戸惑った・・・「・・・いいんですか・・・?僕は・・・」
聞かずにはいられなかった。傷つけるわけにはいかなかった。
潤んだ瞳をかろうじてこちらに向け、恥ずかしそうにコクリと頷いた。
「・・・いいのよ・・・大丈夫・・・」唇がほんの少し微笑みを返した。
伊賀はそのまま黒須の双丘に顔を埋め、白く滑らかな肌と頂にある芽を
口に含み、丁寧に吸い上げた。
「んんっ・・・ああっ!!」
ビクンッと体を仰け反らせ、湿り気を帯びた吐息を漏らしながら
伊賀の汗ばんだシャツ越しの背中に手のひらを這わせた。
胸元から再び顔を上げ、黒須の耳元に唇を寄せると、
伊賀は黒須のスカートのホックに手を掛け、器用に片手で外し、
白い太股を露わにさせた。
黒須は体をよじらせ太股でショーツを必死で隠すようにしながら
伊賀のベストのボタンに手を掛け一つずつ外した。
ベストを脱がせると、さっきよりもずっと伊賀の体を強く感じる。
既に外れ、首にかろうじてかかっているだけのタイをスルリと引き抜き、
襟元のボタンに手を掛ける。
伊賀は黒須の太股をゆっくりと撫で、そのままスルリと上方に
滑らせ、指先でショーツ越しに秘部を撫で上げた。
「ぁんんっ・・・やぁっん・・・」恥ずかしそうに甘い喘ぎと吐息が漏れる
伊賀は側に散らかったテーブルクロスを自分の背中に掛け、
黒須の羞恥心を少しでも和らげようと
誰もいないパントリーにも関わらずそれを隠した。
それで多少羞恥心が和らいだのか、こわばっていた体が幾分
ほぐれた気がした。
既に伊賀のシャツは胸元から腹にかけて開かれ、肩まで
引き下げられていた。
自分の羞恥心もあったのか、それを和らげるため、
黒須の双丘に顔を埋め、何度も舌先で愛撫し、含み、甘噛みし、
甘い喘ぎを引き出そうとした。
「あぁぁ・・・っく・・んん・・はぁぁんっ・・・!」
伊賀の指先は黒須のショーツ越しの感触に随分前から
湿り気を帯びているのを感じていた。
ゆっくりといたわるように撫で上げ、強く押しては引いてみると
黒須のそこは更にぐっしょりと湿り、甘い喘ぎも徐々に激しく響く・・・
「はぁん・・はぁ・・・あんんっ・・やぁ・・もうっ・・・」
黒須の肢体と口付けで濡れた唇がピクピクと小刻みに震えている。
伊賀は黒須に覆い被さるように胸元から腹部にかけて
赤い痕跡を散らし、濡れたそのショーツに手を掛けた。
「やっだめぇ・・・!」ビクッと黒須は反応し、ショーツに掛けた
伊賀の腕を必死に拒んだ。真っ赤な顔を背けながら、震える声で訴えた。
伊賀は何も言わず、そのまま黒須の横顔を切なげに見つめ、
次の言葉を待った。
「は・・・恥ずかしい・・・から・・・。」
伏し目がちな潤んだ瞳できれぎれに言葉を絞り出した。
伊賀はそっと黒須の耳に唇を寄せ、耳を真っ赤にして囁いた。
「僕も・・・脱ぎますから・・・恥ずかしがらないで下さい・・・」
すでにシャツは背中半分まではだけ、肩から胸、腹部までもが
露わになっていた。伊賀は羞恥心を振り切って片手でズボンのホックに手を
当てそのまま下げようとした時、黒須が伊賀の手を制した、
「ごめん・・・大丈夫よ・・・」そういうと伊賀の手をズボンから外し、
黒須が代わりに伊賀のズボンに手を掛けた。
「・・・な・・・ちょっと待ってください!」言い終える前に
黒須は思い切り、伊賀のズボンをトランクスごとを膝程まで引き下げた。
赤面する伊賀に、恥ずかしそうに微笑む黒須。さっきまでの弱々しい姿は
消えかけたものの、上手く伊賀と目を合わせられずにいた。
そのままズボンもトランクスも一気に足から引き抜き、シューズもソックスも
一緒くたに引き剥がされてしまった。
彼女も羞恥心でいっぱいなのだ。それを隠すため、わざと大胆な行動に
出たのかもしれない・・・そうは思っても伊賀もシャツ一枚をかろうじて
羽織り、背中からテーブルクロスを乱雑に被っているだけで、
あとは一糸まとわぬ姿になっていた。
黒須よりも羞恥心でいっぱいになり、顔を真っ赤にしていた。
あがいきれない羞恥心を振り払うために伊賀はそのまま黒須の体に
かぶさり、白い滑らかな体を折れるほど抱きしめた。
それに黒須も応えるように伊賀のシャツと背中にしがみついた。
熱い・・・お互いの体は発熱し合って微熱のように頭を麻痺させている。
外の嵐はまだ止んでいない・・・
屋根をつたい、地面をはねる雨音と。風に舞って窓を叩く雨音、
木々から葉擦れの音も風に舞う・・・・そんな嵐の音が外から包み込む。
けれど「ロワンディシー」に中は静寂が満たしていた。
お互いに抱き合ったまま、口づけを交わし、シャツとテーブルクロスの
衣擦れの音と、床に散らばったシルバーが、時々何かの拍子に
ぶつかってカランという音を響かせた。
「・・・好きよ・・・」そこに流れる静寂を黒須が突然打ち破った。
そう言って伊賀の頬を両手でそっと触れる黒須は、黒い瞳に涙を浮かべ、
心を打ち明けた。
少しの沈黙の後「・・・僕も・・・」伊賀はやっとの思いで言葉を発したが、
続く台詞がでてこない。
何て言えばいいんだろう。こんな時に・・・この感情を表す言葉・・・
不安そうに伊賀を見上げる黒須の涙を、伊賀は唇ですくい取り、
唇を付けたまま言葉を振り絞った。
「・・・愛しているんです・・・・」
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